ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」より第1幕(1856)
ワーグナーが作曲した「ニーベルングの指環」4部作の第1夜、2作目に当たる作品。
数字がややこしいですが、1作目の「ラインの黄金」は「序夜」。「ラインの黄金」で事のあらましを語り、第1夜の「ワルキューレ」で物語の本題に入るという格好になっています。
「ワルキューレ」の登場人物(ソロ歌手)は総勢14名なのですが、第1幕で出番が有るのはそのうちの3名だけという事もあって、第1幕の演奏効果の高さも手伝い、歌手の所作を伴わない演奏会形式としてしばしば単独で演奏されます。
「ニーベルングの指環」は北欧神話がベースの物語で、世界を支配する事の出来る力を持つニーベルングの指環を取り巻くドラマを描いています。
「ワルキューレ」は神々の長ヴォータンと人間の女性との間に産まれたジークムントの逃走劇から始まります。逃げこんだ館で女性ジークリンデの介抱を受けるのですが、逃げ込んだ場所は敵の親玉の家。後に現れるジークリンデの夫フンディングに夜が明けたら決闘をすると伝えられます。
決闘を前に丸腰のジークムント。彼と惹かれあったジークリンデはフンディングの酒に睡眠薬を混ぜ、更にトネリコの木に刺さった誰も抜く事の出来なかった剣の存在を教えます。これを引き抜いたジークムントは剣をノートゥングと名付け、ジークリンデと共に館を抜け出す所で第1幕が終わります。
大雑把なあらすじでは端折ってしまいましたが、ジークリンデとジークフリートは生き別れの兄妹で、館でのやり取りを通じて互いにその事に気づきます。その上で愛し合うという展開は完全に近親相姦です。現実では(作曲当時でも)タブー視される行為ですが、一方で近親相姦は神話の世界では当然の様に許されていた行為で、神ヴォータンと人のハーフであるジークムントとジークリンデにこれを許す事で高貴な種族である事を強調させたとも言われています。
また、ノートゥングを用意したのはヴォータンで、指環奪還のために「自由な英雄」を求めていたヴォータンはジークムントにその英雄性を見出し、影で手引きをしています。
今回紹介するのは第1幕だけなのですが、せっかくなので全幕のあらすじも載せておきます。
個人的には、指環4部作の中で物語の変化が一番大きく、見ていて飽きないのは「ワルキューレ」だと思います。
第2幕はヴァルキリー9姉妹の長女ブリュンヒルデにヴォータンが、ジークムントらの決闘の際にジークムントに加勢するよう命じるシーンから始まります。しかしその後、ヴォータンの妻(結婚を司る女神)フリッカはフンディングとジークリンデの婚礼を破った上に近親相姦に走ったジークムントらを激しく非難。更に、ジークムントを手引きして英雄に仕立て上げる行為は「自由」な英雄とは程遠いと見咎められ、決闘ではノートゥングを取り上げジークムントの手助けを禁じる事をヴォータンに約束させます。
これを受けて、再度ブリュンヒルデを呼び出しヴォータンはジークムントへの加勢を禁じ、彼に死を与える事を命じます。煮え切らないブリュンヒルデですがこれを承諾。決闘を見届ける為に戦場へ向かいます。
その決闘を前にして、ブリュンヒルデはジークムントへ死の宣告を行います。死んだ英雄の魂をヴァルハルへと連れて行くと語るブリュンヒルデに対し、ジークリンデと離れ離れになる事を拒んだジークムントは叶わぬ運命なら彼女と共に死ぬ事を選ぶと言いノートゥングの切っ先をジークリンデに向けます。この行動に驚いたブリュンヒルデは、ジークリンデの身体には新たな生命が居る事をジークムントに語るものの彼の決意は変わらず、決闘の結末を変えジークムントに勝利を与える事を約束してしまいます。
決闘の際、約束通りジークムントに加勢しようとするブリュンヒルデですが、これを見ていたヴォータンが自らの槍でノートゥングを破壊。武器を失ったジークムントはフンディングに殺されてしまいます。悲鳴をあげ崩れ落ちるジークリンデと粉々になったノートゥングの破片を抱えてブリュンヒルデは戦場から逃げ出します。そして命令に背いたブリュンヒルデに対し怒り狂ったヴォータンがそれを追う様に退場する所で第2幕は幕を閉じます。
ちなみに、ヴァルキリー9姉妹はヴォータンと運命の女神エルダとの間の子。ヴォータンを中心に家系図を書くとえらい事になります。
第3幕はブリュンヒルデ以外のワルキューレ達の歌(有名なワルキューレの騎行)で始まり、そこに保護を求めブリュンヒルデやってくる所から始まります。父の命の背いた長姉を庇う事は出来ないと言う妹達ですが、追いついた怒り狂うヴォータンを相手に怒りを鎮めるよう願うなど一定の協力姿勢は見せます。しかしそれでも怒りが収まらないヴォータンを相手に観念したブリュンヒルデは罰を与えられる事を受け入れます。
ヴォータンが与えた罰はブリュンヒルデの神性を奪い、岩山の頂上に封印すると言うもの。そして、その封印を解いた者の妻として一生を過ごす事を運命付けられます。自身の運命に慄き許しを請うブリュンヒルデですが、ヴォータンの意思は固く、岩山の周りを炎で覆う事を条件に罰を受け入れます。「自由な英雄だけがその炎を超える事が出来るだろう」と英雄の登場を予感させる台詞を残し、ブリュンヒルデの封印と共に「ワルキューレ」は終幕します。
この後ブリュンヒルデの封印を解くのはジークリンデの子であるジークフリート。
第2夜「ジークフリート」はそのタイトルの通り、ジークフリートの英雄譚が描かれます。
登場人物がドイツ語表記でピンと来ないかも知れませんが、北欧神話ベースと言う事で漫画やゲームなどの創作でも馴染みの人物が多い物語だったりします。オマケとして、いくつか取り上げてみます。
●ワルキューレ…ヴァルキリー
ブリュンヒルデの名は様々な創作でも見かけますね
●ジークムントとジークフリート…シグムンドとシグルズ(シグルド)
こちらはジークムントやジークフリート表記でもそれなりに馴染みがあるかも知れません。
●ヴォータン…オーディン
みんな大好き北欧神の主神。名前こそ出てきませんが彼の槍グングニールも劇中で大活躍。
●ノートゥング…グラム、バルムンク
名前は全く違いますが、それぞれの北欧神話創作でほぼ同一の物として扱われます。
●フリッカ
フレイヤと語感が似ていますが彼女はフリッカの妹。フレイヤは序夜の「ラインの黄金」で登場します。
●エルダ
「指環」の世界ではワルキューレ達の母親ですが、運命の三女神(ノルン)の母親でもあります。作中で名前が語られる事はありませんが、北欧神話の運命の三女神と言えばウルズ、ヴェルダンディ、スクルドの事。
「ワルキューレ」では出てきませんが、大蛇ファフナー(ファフニール)やローゲ(ロキ)、フロー(フレイ)、ドンナー(トール)も登場します。この辺の知識が有ると「指環」シリーズは観劇しやすい曲だと思います。