クラシック音楽をあまり聴かない方にとってクラシックってどんなイメージなんだろう。「堅苦しい」とか「退屈」と思う人も多いんじゃないかなと思う。そう思われる要因をちょっと考えてみる。
クラシック音楽と言っても幅は広い。
- ファンファーレが鳴り響く序曲から静かな葬送行進曲
- 華やかなウィンナーワルツからポロネーズなどの民族舞曲
- 小さな室内楽から大編成のオーケストラや大規模舞台演劇の為の音楽
- バッハら17世紀の作曲から現代の21世紀の作曲
これら全てクラシック音楽だったりする。ゲーム音楽や映画音楽でもクラシック音楽の様式を持つ物は多い。
…と言うのは多分苦手な人にとっては屁理屈で、名曲と言われる曲の多くが「堅苦しく退屈」に聴こえるのがひとつ問題なのだと思う。
特に交響曲。
交響曲はクラシック音楽の花形である。名だたる作曲家が作曲し、名曲も多い。しかし、一種の様式美の音楽で作曲には特定の型が求められる。これが堅苦しい。例えばベートーヴェンの交響曲第5番。「運命」の名前で知られる最も有名なクラシック音楽の一つであろうこの曲が与えている印象は大きい。
かなり大雑把な説明だが、交響曲というのは数個の主題(テーマ)が様々な形で展開されていく曲だ。この主題の曲中での変化を楽しむのが、交響曲の聴き方の一つだろう。
「運命」だと「ダダダダーン」が主題のひとつ。
冒頭からいきなり主題を鳴らす斬新さ(当時は序奏などで場を暖めてから主題が登場する形式が一般的だった)や、ピッコロやトロンボーン等を交響曲に使用した最初の曲としてクラシック史に残る作品で有る事に加え、非常にシンプルな主題を曲の全編に渡りここまで執拗に使った曲というのも類を見ず、ベートーヴェンの非凡さが遺憾なく発揮された名曲である。
…のだが、とにかくどこもかしこも「ダダダダーン」なので、この主題の変化を楽しめないととにかく単調に聴こえてしまう。
交響曲が好きな人は「お、あれもダダダダーン、ここにもダダダダーン」と曲中に現れる主題に対して敏感に反応するが、そうでない人は「またか」となるのでこの曲は特に飽きやすい。
誤解を恐れずに例えるなら、この曲は「つまようじで作った城」みたいな物で、シンプルな主題(つまようじ)をひたすらコツコツと積み上げていく作業風景を見せられているのに近い。しかも、この作業風景は決して全貌は見せず最後まで手元しか映らないのだ。この作業映像だけで城が完成していると分かる人は少ない。一度見ただけでそれに気付ける人となれば尚更である。だからこそ、この手のものが好きな人は何度でも繰り返しそれを見て、その度に新しい発見を喜ぶのだ。「運命」が作り上げた「城」はとてつもなく精巧に組み上げられているのだが、「つまようじ」にしか気づかないのではその魅力は無いに等しい。
クラシックの花形の交響曲、その中の金字塔、しかも主題が簡潔で説明が楽なので安易に紹介されがちだが、
交響曲の入門にはともかくクラシックの入門としては、私はこの曲は向かないと思って居る。 音楽教育で真っ先に取り上げられるのがこの曲というのもクラシックに退屈な印象を与えるのに一役買っているのではないかと私は思う。
じゃあどんな曲が入門向きなのか?
それを次回のコラムで考えてみようと思う。
@Tcy_Kazuhito
・ベートーヴェンの「運命」
・クラシック音楽の退屈で堅苦しいイメージの原因はだいたいこいつのせい#よくわかるまとめ— つちやかずひと (@Tcy_Kazuhito) 2016年10月22日