「音楽?騒音?」
オーケストラで演奏した経験が有るという方は居るでしょうか。
吹奏楽でもバンドでも構いません。
隣の人の出す音がうるさいと思ったこと、有りませんか?
実は…と言う程の話でも無いかもしれませんが、楽器の出す音って結構大きいのです。弦楽器や木管くらいならともかく、金管や打楽器が出す音が大きいのは奏者で無くとも何となく分かると思います。
数値で表すと…
ドラムセット:130dB(近距離のジェットエンジン)
トランペット:110dB(2m先の車のクラクション)
参考に同等の生活音も書いてみました。どれだけ大音量か分かるでしょうか。ちなみに普通の会話音が60dB程度だそうです。
85dBの環境で8時間労働を行うと難聴のリスクが有ると言われています。85dBと言うのは殆どの楽器で超えうる値です。当然ながらこの値が上がるにつれ許容時間は短くなります。130dBともなると許容時間の目安は1秒未満。いかに楽器演奏が難聴と隣合わせなのかが分かります。実際、職業性難聴を抱えている演奏家は一定数居ます。
ちなみに「じゃあ、ドラマーは毎日1秒しか演奏しないのか」と言ったら当然そんなわけなく、普通は耳栓などで対策をしています。
ではオーケストラはどうでしょう。ドラムセットはまず使わないので、トランペットの110dBを基準とします。110dBだと許容目安は30秒、どうも超えてしまいそうな気がします。
日本だとあまり話題にならない職業騒音の問題、ヨーロッパだと「ある一定の騒音下で長時間就業する場合、事業者は聴力保護の義務を負う」と法整備されています。就業中の騒音と言うと真っ先に思いつくのは飛行場や工場内ですが、音楽に対してもこの法律は適用されます。
対策は2つあります。
1つめは耳栓を着用すること。ドラムと一緒ですね。海外の演奏映像を見ると着用している人をしばしば見かけます。耳栓というと完全に耳の穴を塞いでしまうものを想像しますが、音楽では遮音では無く弱音が目的なので、耳栓に僅かに穴が空いているタイプの耳栓を用いるのが一般的です。
使用例。金管が演奏しだしてからファゴット奏者が耳栓を着用するのが綺麗に映っています。静かな演奏箇所だとやはり聞き難いようで、演奏音量に応じて着脱するようです。大音量の時でも当然ながら金管以外の音まで聴きにくくなる事が難点。その分アンサンブルが難しくなります。
2つめは「壁」を作ること。打楽器の前や金管楽器の前に透明なアクリル板を設置します。前の奏者の保護が目的なので「金管楽器の前に」と言うよりは「前の奏者の後ろに」という方が正確かもしれません。シンプルに音を抑えられるので便利ですが、金管の実際の響きにまで影響する可能性が有るのがネックです。用具運搬やセッティング等の手間もあるでしょう。
ちなみに、レコーディング時にマイクごとの音を分離させる効果もあります。例えば木管楽器のマイクに金管の音を不必要に拾わせない、などと言った感じです。これはどちらかと言うと、バンドのレコーディングやPAの方が馴染みがあるのかもしれません。
ちなみに、とある海外オケで耳周りを覆うヘッドギアの様な形のスタンドを見た事が有ります。やかましい時だけヘッドギアに頭を近づけて耳を覆うようです。耳栓と壁のハイブリッドなアイテムと言えるでしょう。でも高そう。
52秒頃、クラリネットとファゴット奏者の頭の後ろにヘッドギアが見えます。
(曲目はチャイコフスキーの交響曲第5番)
言い忘れましたが、金管の演奏音が一番つらいのは金管奏者本人では無く、その前に居る奏者です。金管自身は音の出るベルが頭からは距離が有る上に、音は前に飛んでいくためです。私はフルート吹きで金管とは少し離れていますが、それでも結構つらい時が有ります。見えないビームの如く左耳を掠めていく感覚を味わう事も。
ちなみに、フルートでもピッコロはかなり耳にきつい楽器です。音が出る場所が金管楽器のベルよりも口に近いので、隣の奏者だけでなく奏者自身にも結構来ます。ピッコロの長時間練習で耳栓を着用する奏者は多いです。
また、ヴァイオリン奏者が左耳に着用すると言う例も聞いたことが有ります。これは楽器を顎の左側で抑えるので必然的に左耳が楽器の側に来るためです。
音楽も法律の中では騒音扱いかと思うと少し複雑な気分にもなりますが、騒音が原因で悪くすると二度と治らないのが聴神経なので、長く楽器演奏や音楽鑑賞を楽しむためにも心がけたい話でもあります。
(おまけ)デシベルの話
おまけなので簡単に。知らない方向けのかなり大雑把な説明です。
デシベル(dB)ってどんな単位かご存知でしょうか。
例えば、先に例で上げた話し声の60dBとジェットエンジンの130dBは2倍程度うるさいと言う事なのでしょうか?
デシベルは音圧を現す単位で、計算の中には常用対数が含まれています。詳細は省きますが、20dB音圧が上がる毎に10倍の音圧になります。40dBの差だと100倍、60dB差で1000倍です。
先の例だと70dBの差で約3100倍の音圧差と言う事になります。これはこれで大きすぎて実感が湧かないかもしれませんが、凄まじい差なのは分かると思います。
ちなみに0dBは「人間が聞く事が出きる最小音」を指します。完全な無音では無く人間には無音に聞こえるレベルを基準にし、そこから何倍の音圧かを知るための単位という事です。
デシベルは音圧だけでなく電圧や無線通信でも用いられていますが、厳密には別物で、音圧なら「dB(SPL)」、電圧なら「dB(V)」などと表記される事が有ります。先程の0dBの基準の話を考えれば、音圧と電圧でそれぞれ基準になる値が異なる事は想像できるでしょう。