今回紹介する曲ですが、参考音源の紹介はしません。
その必要があまり無いからです。
ジョン・ケージ「4分33秒」(1952)
クラシック音楽や現代音楽に馴染みが無くてもご存じの方も多いと思われる曲ですが、曲の内容を一通り説明します。
楽器の指定は特にありません。
どんな楽器でも演奏可能です。ソロでもアンサンブルでもオーケストラでも構いません。
そして、楽譜にはこう記されています。
I(1楽章)…TACET
II(2楽章)…TACET
III(3楽章)…TACET
TACET(タセット)とはラテン語で「休止」の意味で、音楽では「比較的長い休止」として使われます。少し曖昧な表現ですが、クラシック音楽ではパート譜で楽章間の出番が全くない時に使われる事が殆どです。例えば「運命」のトロンボーンは終楽章しか出番が無いので1楽章、2楽章、3楽章にそれぞれTACETと記されています。
要するに、この曲は奏者が何も音を出す事がない曲です。
無響室という部屋があります。
部屋の四方八方を吸音材で囲い、徹底的に音の反射を廃した部屋です。音の反射が無いので残響もありません。物体が出す音の特性を正確に測れる為、音響機器の測定などに用いられます。
ジョン・ケージは「無音」を体験する為に無響室に入った際、無音であるはずの場所で音が聴こえたと言うのです。一つは低い音、もう一つは高い音。前者は自身の血流の音、後者は神経系が働く音だそうです。ケージは「完全な無音は存在しない
」という経験からこの曲のインスピレーションを得たと語っています。
音楽を聴くために足を運ぶコンサートホールなどの音楽会場ですが、我々がそこで耳にしているのは演奏されている音楽だけでは無いのです。周りの観客の呼吸音、部屋の空調、場所によっては鳥のさえずりなど…本来の意図された音楽以外の雑音が聴衆の耳には必ず混ざります。それを極端に強調したのがこの曲です。
ケージは「偶然性の音楽」の先駆者でした。
作曲の段階で既に完成されていた作曲家による厳密なコントロールが施された従来の西洋音楽からの脱却を図るために、作曲段階で音を決める際にコイントスなどで音を決定したり、図形を楽譜に記す事で奏者の発想に委ねたり、作曲家がコントロール出来ない音を音楽に取り入れました。「4分33秒」はこの偶然性の音楽の最たる例と言えるでしょう。
聴く価値のある曲とは決して言えない曲ですが、この曲が音楽界に与えたインパクトは相当なものでした。
聴衆側の我々としても、生演奏で聴く曲はそれが同じ曲であっても全く同じ音を聴くことは二度と無いのは勿論の事、デジタル音楽ですら聴く環境や自身のコンディションで全く同じ音を聴く事は二度と無いという事を意識付ける曲です。
そこまで意識して音楽を聴く事に価値を感じるかは人それぞれでしょうが、音楽を聴く行為が今より少しだけ特別なものになると思いませんか?
ところで、楽譜には「休み」とだけ記載されているのになぜ「4分33秒」なのか不思議に思いませんか?楽譜に時間の指定は一切有りません。
実は「4分33秒」という曲名は通称で、初演時の演奏時間が4分33秒だった事を受けてこの曲名が一般化されています。ただし正式名称らしい正式名称も特に存在しない上、この曲をケージ自身が「4分33秒」と認識した上で「4分33秒 第2番」という曲も後に作曲しているので実質正式名称となっています。また、初演以外の他の演奏も概ねこの時間に倣ったものです。
その「第2番」については機会が有ればまた…。
ちなみに、これ単体が収録されたCDも存在します。
当然著作権も存在しており、国内ではJASRACが管理しています。